シンプルライフかわうそ.29

かわうそ顔の男が運営してます。シンプルライフを目指します

【note】自分の友達と人間関係への認識を考えた

noteで書いた記事になります。

『損得で人間関係を選んでいる』

そう言われてみて、自分自身に嫌悪感を抱いたと同時に、改めて友達や人間関係をどのように考えているか、勇気を出して振り返ってみました。

『両手10人分しか大切にできる人間関係はない』

前提として本当にそう思っています。だって友達全員大切だけれど、全員を大切にしていたら、それって大切にしていないことと同義だと思うからです。どんなに迷惑をかけても存在を許してくれる人、100万円貸してくれ!と泣きつけば、貸してくれる人。両親、妹、じいちゃんばあちゃん、彼女、親友を数えると、ちょうど10人くらい。どんなことがあっても助けたいし、力になりたいし、関わりたいし、感謝している人たち。理屈抜きにほんっっっまに大切な人間関係は、この射程圏内。

それは間違いなく自分が信じていて、大切にしていること。そしてどんなに人間関係に問題が起きようとも、嫌われようとも、なんなんあいつって思われようとも、逃げ込めば自分という人間を守ってもらえる場所なんです。

そんな安全圏を持っているからこそ、僕は少しドライな人間関係を作ってしまう。そして歩み寄ってくれる人たちにはきっと寂しい気持ちを与えているのでしょう。そしてそんな自分はある意味、奔放で自分らしく振舞えている結果なのかなぁとも思います。

例えば、職場では僕は相当に付き合いが悪いやつと言われています。仕事終わりラーメン屋にいけば、しょーもないことで2時間も3時間も居座るようなメンバーです。それはそれで楽しいのだけれど・・・生産性はないし、建設的でもないし、部活終わりにマクドナルドでポテトを食べながら、あの子が可愛い!あの子からメールアドレス聞かれた!!そんなことで盛り上がる男子高校生の日常と同じです。だから、そういう集まりに基本的に僕は行かないと決めています。

速攻断ります!

その時間を使って僕にはやりたいこともあるし、勉強したいこともあるし、優先順位は低いのです。でも、声はかけてくれないと寂しいから、一応誘ってねと伝えています。その時の気分で行きたい!!って思うこともあるので。もちろん、これは出席しないといけない!!って思う席や、重要度の高い飲み会には100%外さずに参加します。(本当にわがままでずるいやつです。)

ただし、大事な観点が1つあると考えています。それはこのような集まりに出席することで得られるメリットです。つまり参加することで、『皆さんとコミュニケーションを取る気持ちがありますよ』と暗黙に伝えることができるということです。

勘の良い人はピンときているかと思いますが、無駄話は無駄ではないということです。

『今日は昨日よりあったかいね』『そうですね~』

無駄話すぎる!!

でもこれは内容なんて重要ではなくて、翻訳すると、『あなたとコミュニケーションを取りたいです』『私もです!』ということなんです。極みは挨拶です。『Aさんおはようございます』『Bさんおはようございます』。挨拶って大事です。

話が逸れましたが、結局、職場の人間関係において本当に大事なことは、『あなたとコミュニケーションを取る意思を伝えることができているかどうか』ここに集約されるわけです。付き合いやら飲みニケーションやら、なんやかんや言っても、職場での人間関係構築の本質はここにあると考えています。だから、無駄話満載のディナーに行く必要なんてないのです。

だって僕はそんなこと勤務中に実施しているから。

3回の異動を経験したけど、どこでだって良い人間関係を築いてきたし、仕事を上手く進める力に変えてきました。最低限円滑に仕事を進める関係があれば、そこからさらに踏み込んでいこうとは思いません。だって仕事やから。この記事みたいに言語化できる能力も助けてくれているとも思います。もちろん、この人は両指に入る!!って思う縁に関しては別ですよ。こういうところがきっと絶対ドライ

でも本当に優秀な先輩が、『なぜ俺は評価されているのか』『なぜ俺にはリピーターがわんさか付くのか』『会社の人事制度をどう改善するのか』そんなことを話したいから、教えたいから飲みに行くぞ!なんて言われたら、喜んでいきます!だって興味あるし、学びたいし、盗みたいって思うから。

職場にフォーカスしてきたけれど、友達だってそうかもしれない。両手10人の外をさっと数えると、150人程の友人が頭に浮かびます。そのほとんどが保育園、小、中、高、大学で知り合うことのできた人達。特に大学の友人はみな刺激的だと思う。100点満点で平均さえすれば60点な大学だったけれど、1人1人は何かしらで80点を超える分野があり、そのレベルで話すことがどうしようもなく楽しい人ばかりが、今も関係の続く友人となっている。

反面、口を開けばパチンコ、風俗、キャバクラ、車の改造・・・そんな人間がどんなシーンでもいるものです。そういう人達と話していても苦痛でしかない。お互いに。そういう意味では、やっぱり僕は、一緒にいて自分が楽しいって思える人、自分にはないものを持っていて学べる人、自分と同じ感覚を持っていて、居心地の良い人。そんな人を両手10人の内側にはもちろん、外側にはもっと求めているのだと思う。

そう考えると、やはり僕は人間関係を自分の損得で選んでいるのだと思ったのでした。

でも、みんなそうなんじゃね??とも思えました。想定していた結論は、結局自分という人間は、とてもドライな人間ですね~ということなので、外れてはないのですが・・・きっと、みんなもそうですよね?

結論がブレたところで、僕はまだまだ器の小さい人間だと思います。本当はもっと相手のことを考えて行動できる人間になりたいのです。僕のことを好いてくれる人や、大切に思っていくれている人、僕との縁を貴重に考えてくれている人、歩み寄ってくれる人、そんな全ての人達の気持ちを汲み取り、行動したいけれど、まだもうちょっと成熟には時間と経験が必要なようです。

結局伝えたいことは、僕は僕と関わってくれた人、僕と関わっている人、これから関わる人、その全ての人達を大切に思っているし、どうでもいいなんて思っていないのです。

僕にしか助けることができないって思ったら、全力で助けるし、僕に会いたいと言われれば、本当に会いに行きます。そんな無謀さと行動力と純粋さ?があると思ってます。

 

受け入れてくれたら嬉しいです

僕には両手10人サンクチュアリがあること。

僕は無駄話を無駄と考えていないこと。僕があなたと同じ場所に存在すること、コミュニケーションを取ること、飲みに行くこと、連絡を取ること、その全てはあなたを大切に思っていて、一緒にいる時間が楽しく大切で、僕にとって重要な時間であること。

自分の友達と人間関係への認識を考えた結果、伝えたいことは『僕を受け入れてください』という承認欲求でした。